両@リベ大学長です。
なぜ自分がこの活動をやっているのか、ちゃんと書いておきます。
動物に囲まれて育った日々
生まれた時から、家にはずっと動物がいました。
犬も猫もいて、鳥もいて。
生き物がいない時期がほとんどない、そんな子ども時代でした。
そのうちの1匹は、製薬会社の動物実験に使われていた犬だと聞いています。
殺処分されるところを、家族が引き取ってきた子です。
雑種で、見た目はシェパードっぽい中型犬。
自分が生まれる前から、うちにいた子です。
そのいきさつを知った時、「そんなことが起きるのか」と思いました。
それが、最初に関心を持ったきっかけです。
本当に優しい子でした。
一緒に飼っていた猫が、いつもその子のお腹の上で寝ていたくらい。
一緒に散歩に行ったり、水遊びをしたり、話を聞いてもらったり。
幼い頃の、かけがえのない友達でした。
だから「不幸な犬猫が増えてほしくない」というのは、ずっと前提にある気持ちです。
通学路のゴールデンレトリバー

それから、高校生の頃。
通学路の近所に、1匹のゴールデンレトリバーがいました。
飼われてはいたのですが、小さな庭にずっとほったらかし。
散歩にも連れて行ってもらえず、炎天下でもずっと外。
ご飯は一応もらえていたものの、それだけでした。
歩道から、その子の様子が見えました。
だから、よく構いに行って、柵の隙間からご飯をあげていました。
引き取れなかった、あの日のこと
本当は、引き取りたかった。
でも、当時はまだ学生でした。
命の責任を持てる自信も、飼い主さんに「この子を引き取らせてください」と言いに行く勇気もありませんでした。
両親を「自分が責任を持って育てるから」と説得できるほどの決意もありませんでした。
自分の生活の基盤も、まだありませんでした。
そして、その子はそのうち、亡くなりました。
「あの時、自分にもう少し覚悟があれば」
「もっと幸せにしてあげられたかもしれない」
この気持ちは、今も残っています。
名前を継いだ、相棒
その後、自分の相棒として1匹の犬を迎えました。
たぬきみたいにモコモコの、可愛い可愛いプードルです。
初めて見た瞬間、一目惚れでした。
この子の名前は、あのゴールデンレトリバーからもらいました。
人生で一番可愛がった相棒です。
「お金の大学」が出版された年に亡くなりましたが、本の発売を一緒に見届けてくれました。
最期は、自分の腕の中でした。
本当に笑ってるみたいな、幸せそうな顔をしていました。
犬からは、たくさん愛情をもらいました。
人生を早送りして見せてくれるみたいに、いろんなことを教えてもらった気がします。
別れる時は寂しい。
それでも、犬がいる人生といない人生なら、迷うことなく、また犬がいる人生を選びます。
続けられる形を考えたかった
一方で、世の中には、人間の都合で物のように使い捨てられる子や、不幸なままの子もいます。
以前は、自分が手を動かすより、寄付で保護活動を支える方がいいと考えていました。
寄付だけをしていた時期もあります。
実際に、寄付先の活動を見に行ったこともあります。
現場の人たちは、本当に一生懸命でした。
ただ、やっている人の善意に頼るだけだと、活動はなかなか広がっていかない。
お金の面でも、やっている人が疲れていってしまう。
だから、寄付で支えるだけじゃなく、自分も当事者になって、ちゃんと続けられる形を考えたかった。
同時にやる、と決めた

一度にできることには、限界があります。
自分が世の中に一番貢献できるのは、お金の勉強の部分です。
お金で苦しまず、自由に生きられる人を増やすこと。
これまでは、優先度的にも状況的にも、そちらを優先してきました。
「人間のお金の問題を解決してから、犬猫の問題に取り組もう」
最初は、そう考えていました。
でも、人生は一度きり。
後回しにしていたら、今世が終わってしまうかもしれない。
このまま明日死ぬことになったら、「動物の保護活動、やりたかったな」と少し後悔するかもしれない。
そう思いました。
そして、少しだけですが、世の中に声が届くようになった今。
今の自分だからこそ、できることがあるかもしれない。
そう思ったら、自然と、アニマルレスキューを自分でやる方に、心と体が動いてました。
お金教育のことも、どうぶつの保護活動も、同時にやる。
今は、保護主さんと里親さんをつなぐところから始めていて、自分たちのシェルターも準備しています。
大きな社会問題で、すぐには解決出来ないけど、ちょっとだけでも世の中を良くすることが出来たら嬉しい。
それが、この活動の始まりです。
そして、なにより、人も犬も猫も、みんな幸せになって欲しい。
せっかく生まれてきたんだから。
両@リベ大学長

